私どもお茶の生産者にとっての「茶箱」は、お茶の輸送・保管用の箱でしたが、最近では、製品が真空パック化されて輸送・保管されることも多く、かつてに較べれば茶箱は、その役割を譲りつつあるのかも知れません。
茶箱は主に杉板で作られていて、板の継ぎ目は、和紙などでキッチリと目張りされています。内側には、銀色の、亜鉛メッキの薄板が全面に張られ、だから機密性も高くて、防錆の効果もあります。茶葉の輸送・保管には、頼りがいのあるしっかり者でした。
……子供の頃、誰もいない倉庫の隅で、そっと茶箱の蓋を開けて、覗いてみたことがあります。
大きな、ガッシリとした造りの蓋は、見かけよりも重くてやっと持ち上げられ、横にずらして置いたことを覚えています。そのすき間から、ちらっとなかを覗き見ると、深くて、ちょっと怖いようでした。子供の体なら、すっぽり入ってしまうほどのサイズでしたから。
すると箱の奥の方からは、芳しく、複雑に混じり合ったお茶の香ばしい、心地よい匂いが湧き昇って来て、子供心に、うっとりするほどでした。よく慣れ知っているはずの香りなのに、とても不思議な、新鮮な感覚でした。その時の箱には、もう茶葉は入いっていなくて、空の茶箱だったのですが。
お茶の栽培・生産者にとって、茶箱は代々受け継ぎ、そしてその年に積み重ねた出来映えを入れて運び、一時保管したりする大切な入れ物。自然と私どもの、生命の滴を預けて入れておく宝の箱なのです。